人吉で過ごした3日間は、ただ自然に癒される旅ではなく、“今ここに生きていること”を深く感じる時間でした。

人吉へ向かう道中から、少しずつ自分の感覚が変わっていくのを感じていました。

山や川、どこまでも続く緑。

ただ景色を眺めているだけなのに、身体の力が少しずつ抜けていくような感覚がありました。

普段の日常では、気付かないうちに頭の中で何かを考え続けていることが多いですが、人吉では、自然の音や風、空気に触れているだけで、「今ここにいる」ただそれだけでいいような感覚になっていきました。

地元の美味しいものを食べることももちろん嬉しかったのですが、誰かとゆっくり同じ時間を過ごしながら食事をすること、その時間そのものに心が満たされていく感覚がありました。

自然の中で過ごしているうちに、普段どれだけ無意識に力を入れて生きていたんだろう、と感じる瞬間が何度もありました。

そして、人吉で特に心に残っているのが、令和2年に起きた球磨川の水害についてのお話でした。

実際の映像やお話を通して、自然と共に生きることや、今ある日常の大切さを改めて考える時間になりました。

自然の厳しさも経験されながらも、この土地で暮らしを続けておられる姿がとても印象に残っています。

その強さは、「頑張る」とか、「前を向く」とか、そういう言葉だけでは表せないようなものに感じました。

今ある日常を大切にしながら、自然と共に生きていく。

そんな空気を、人吉の方々から感じていた気がします。

“今ここに生きている”

そのことは、決して当たり前ではない。

たくさんの出来事や、たくさんの人の存在の上に、今の自分がいるんだということを改めて感じさせてもらった時間でした。

そして2日目に鹿目の滝を訪れた時、また自然に対する感覚が少し変わった気がしました。

特に滝の前では、水の音が大きくて、人の声がほとんど聞こえなくて。

鳥の声や風の音、水面に反射する光、その空間全部が身体の奥に入ってくるような感覚でした。

自然は、ただ“癒し”だけではなく、自分では抗えないような大きさや、人間もその一部として生きているんだという感覚を静かに教えてくれているようでした。

うまく言葉にできないけれど、うまく言葉にする必要もないと思わせてくれるような、そんな時間だった気がします。

自然の中にいると、自分だけで頑張って生きているように思っていた感覚が少しずつほどけていくようでした。

大きな自然の中で、自分もその一部として生きている。そんな感覚を、身体全体で感じていた気がします。

自然に触れたこの時間があったからこそ、少しずつ、自分自身の心もほぐれていったんだと思います。