容れ物としての肉体

今行っていることが本来の使命なのか、そうじゃないのかのお悩みをお持ちの方、いらっしゃると思います。かつての私もそうでした。

私がこの道に入ったきっかけは、自分自身が病気をしたことと、周りに病人さんが多かった、という理由があります。

病気って、その渦中にいるとき最初は、なんで、どうして、と原因を外に求める傾向にあり、ただ大変としか思えず苦しみますが、病の理由を内省出来るようになってくると、なるほどな、と愛おしく変化していきます。

苦しんでその苦しみを見つめていると、そこに大きなギフトが隠されていることに気が付く、そこに本来の使命があるような氣がします。


先日、東大大学病院心臓循環器系の現役ドクター、稲葉先生のお話をお聞きする機会がありました。
稲葉先生も、病気は忌み嫌うものではないですよ、とおっしゃっててそのフレーズがぴぴっと私のアンテナに響いたのです。


VRTの創始者Dr.クリスティにも同じような印象があるのですが、医者でありながら医術に走らない、感謝を持って治療を語ることが出来る器とでも言いますか、精神的な悟りへの旅路の途中に医があるんだな、と。魂という視点で命(人)を見ることの出来る方の側に居るとそれだけで楽になるから不思議です。

賢さと謙虚さは祈りに通じ、上も下も右も左もバランスさせる公平性が生まれると感じさせられるのでした。

 

東大病院救急部集中治療部のドクター、矢作直樹先生が書いてらっしゃる「人は死なない」という御著書の中に

”人間はコンピューターを内蔵した来ぐるみを着たようなものであり、電源を持った魂がコードで、その着ぐるみと繋がり、スイッチを入れた状態になっている。

魂はシルバーコードを介して電気を流し、着ぐるみおよびコンピューター操作したりメンテナンスをしたりしていることになる。

着ぐるみはそれだけでは動かない。電源を入れて動かすのは魂である。”

というフレーズがあります。

これを現役のお医者様がおっしゃっているというのがスゴイです。

 

どんなときも最も優れたヒーラーはクライアントさん本人で、その上で、スイッチ入れますか?とお伺いするのが療法士の役目。
スイッチを入れる入れないの選択をするのはクライアントさん自身です。

 

病を克服するスイッチ
もっと自分を好きになるスイッチ
コミュニケーションを円滑にするスイッチ
なりたい自分になるスイッチ

私たち本来の魂は軽やかであるはずなのに、肉体はちょっと違う。
その重たさはストレスだったり肉体疲労だったり、或はネガティブな感情から来るものだったり。

引き持ってしまった重たさを香りと音で払拭する。
魔法のように消えてなくなりはしないかもしれないけれど、浴びてるうちに楽になっていく。
回を重ねていくたびにそれは確実に変化していきます。

一回でガラリと変わる方もあれば、
2回、3回と回を重ねる毎に、
薄皮を剥がすように、覚醒していかれるという方もあり。

”体をこんなに軽く感じたのは初めてです”
”重力を忘れてしまいそう”

VRT体験者の感想に「軽さ」があります。

軽くなるとわかること。
本来の私たちはスピリットの存在。

そのことをどこかで覚えているから
肉体の重さって実はとてもストレスなのかもしれませんね。

魂の容れ物である体

私たちの魂を運んでくれる乗り物としての体は
時にはメンテナンスが必要です。

長く快適に居心地よく”今ここ”を生きるために。


実践体験会のお知らせ

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